licel: 2006年8月アーカイブ

サルと人間

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先日、大須にある模型店でプラモデルの半額セールをやっているとお兄様から聞きました。

しかし過去にも近所の模型店で半額セールをやっていた際、大量に買い込んでしまい、
全部作るのに約半年を費やした経験があります。

ここでまた大量に買ってしまえば、また同じ過ちを繰り返す事になります。

例えば猿のお話。
人間がサルから進化したというのは誰でも知っている話です。
では、次のような問題はどうでしょうか。

それは動物園のサル山のサルはいずれ人間になるのか?という問題。
人間は猿から進化したといわれていますが、だとするとサル山の猿も時間こそかかるものの人間になるのでは?というものです。

結論から言うと、サル山の猿は何千、何万、何十万年過ぎようとも人間になることはありません。
ではなぜそうならないのか。
人間と猿は何が違うのか、一説には人間は道具を使うようになって脳が発達し他の生物とは一線を隔した進化をしたという話があります。
しかし、道具を使うものは何も人間だけではなく、他の動物、例えばインドの猿はアリ塚に棒を突っ込みそれを使ってアリを取り出して食べたり、アマゾンのどっかにすんでいる猿は一種の文化のようなものを持ちクルミを独自の方法で割って食べたりします。

つまり道具というものは何も人間だけの専売特許というわけではなく、他の猿においても見られる行動になります。
ではなぜ人間は現在のような高度な文化を維持できるまでに進化したのか。
その最大の理由は文字にあるといわれています。

先に例として挙げたクルミを割る猿。
これは確かに文化としてその猿の群れに伝わっていますが、これは猿同士が互いに教えあって初めて出来るようになった行為です。
しかしもし教えるサルが居なくなった場合、そのサルの群れは誰からも教わる事が出来ない為、その文化はそこで途絶えてしまう事になります。

つまり、そのサルの場合、一つの文化である「クルミを割る」という物を手に入れたとしても、その文化を知っているサルから教わらない限り、次の世代へとその文化を継承する事が出来なくなります。
また、「クルミを割る」という事を知っているサルが全て死んでしまった場合も同様の結果になります。

継承できないという事は、またその猿達が「クルミを割る」という発見をしない限り、文化はまた0に戻ってしまう事になります。

ではここで文字があったらどうなるか。
上記の例で言うのであれば、直接「クルミを割る」という文化を知っているサルから教わらなくても、さらにそれを知っているサルが死んでしまったとしても、文字として刻んだ文章を読めば、いつでも文化の継承は可能になります。
また、文字として刻んだ文化は蓄積する事が出来るため、さらに多くの文化を積み重ねる事が出来ます。

言い換えれば、文字の読み書きというひとつの文化を習うだけで、同時に今まで蓄積された数多くの文化も同時に経験する事が出来る事になります。

つまり、サルは文化を0と1の間で行ったり来たりするのに対し、人間は文字を使う事によって、幾多もの文化を時代や世代を超えて継承できるのです。
過去の経験を生かし、未来への道を開拓する事の出来る行為こそ、人間が手に入れた最大の文化であると言えます。

ということで。。。

一応原文のまま訳しました。

たぶん日本では非公開か、もしくは後半の台詞が変更されると思います。

足なんて飾りです

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